はじめに
- 2024年11月にトヨタ自動車がパワートレーン開発部門に導入したマルチエージェントアーキテクチャ「O-Beya」が発表され、AIを自動車に適用した画期的な技術として注目を浴びています。
本記事では、Microsoft Ignite 2024 (Session: BRK117) でのセッション内容を踏まえながら、O-Beyaの概要や特徴、導入プロセス、ビジネス面のメリットを説明します。
背景:なぜO-Beya開発に至ったのか
- 現状の課題 現在、自動車業界では技術革新や市場の変化に伴い、さまざまな課題が浮上しています。 これらの課題は、競争力の維持や持続可能な成長を実現するために解決が求められています。
- 自動車開発の複雑化
- 自動車には多様な機能・ソフトウェアが搭載され、エンジン・トランスミッションのみならず、ハイブリッド、EV、さらには自動運転やモビリティ全般へと発展し、横断的な専門性が求められています。
出典:https://ignite.microsoft.com/en-US/sessions/BRK117
- ベテランエンジニアの知見・ノウハウ流出
- 社員の退職や異動などにより、長年培われた知識や経験を次世代へ十分に継承できないリスクが存在します。
- ソフトウェア定義型車両への移行に伴う課題
- 異なるプログラミング言語・サプライヤー由来のソフトウェアを一つの車両に統合する難易度が上昇し、開発スピード・品質面に大きな影響を及ぼしています。
この点を解決することができれば、複雑に影響し合うソフトウェアを円滑に統合しスピーディかつ高品質な開発ができるようになります。
- 異なるプログラミング言語・サプライヤー由来のソフトウェアを一つの車両に統合する難易度が上昇し、開発スピード・品質面に大きな影響を及ぼしています。
- 調査工数の増大
- 組織規模が大きすぎることで、有用なドキュメントがあるにも関わらず該当情報を入手できない現状があります。そのため、エンジニア全体の15%ほどが「資料探し」や「社内有識者のヒアリング」のような調査活動に時間を取られている現状があります。 また、自動車技術の高度化も調査工数の増大に関わっています。 かつて自動車はエンジンとトランスミッションのみで構成されていましたが、現在ではハイブリッド車や自動運転技術が加わりました。 さらに、モビリティカンパニーへの変革が進んでいます。 調査作業の量は年々増加し、現在では技術者たちに大きな負担をかけています。 調査工数を減らすことができれば、社内エンジニアの工数を資料探し以外の本質的なタスクに注力させることができます。
出典:https://ignite.microsoft.com/en-US/sessions/BRK117
- 導入のゴール 本取り組みのゴールは、現状の課題を効果的に解決し、組織の競争力と持続可能な成長を実現するために設定されています。 具体的には、以下の目標を達成することを目指しています。
- ノウハウ継承と開発効率向上
- ベテランエンジニアの知見をAIエージェントに蓄積し、全エンジニアが素早く必要な知識へアクセス可能な環境を整えること。
- システムの柔軟性・耐障害性確保
- マルチエージェント技術を導入することで、専門家同士の議論を仮想環境でシミュレーションするAIシステムを開発し、誰でも多くの専門家と対話しながら開発に参加できるようにすること。
- モビリティカンパニーへの変革
- 単なる車両開発から、幅広いモビリティサービスへ事業領域を拡大するにあたり、開発効率と過去知見の統合活用が必須。
O-Beyaの技術概要
- 採用技術一覧
- クラウドインフラ・AIサービス: Microsoft Azure
- Azure OpenAI Service を活用しています。 (GPT-4, GPT-4 Turbo with Vision など)
- AIエージェント・フレームワーク: Azure Functions (Durable Functions)
- 並列実行やエラー制御、外部状態管理によるマルチエージェントシステムを実装しています。マルチエージェントシステムには、バッテリー、モーター、規制、システム制御に焦点を当てた4つの異なるエージェントを構築エージェントのプロンプトが定義されています。
出典:https://ignite.microsoft.com/en-US/sessions/BRK117
- データベース: Azure Cosmos DB
- チャットログやエージェント間のやり取りを高負荷に耐えられる形で保存
- ドキュメント管理: SharePoint やファイルサーバー (RAG パターンへの対応)
- 過去の設計文書やノウハウを取り込み、AIによる自動要約・参照を行う
- アーキテクチャ図(イメージ)

出典:https://ignite.microsoft.com/en-US/sessions/BRK117
- ユーザーが O-Beya システムに問い合わせ
- Durable Functions を用いて複数のエージェント (バッテリ、モータ、規制、システム制御 など) に並列で質問を投げる
- 各エージェントが RAG (Retrieval Augmented Generation) を駆使し、Cosmos DB や SharePoint などのデータを参照し回答
- 回答がまとめられ、ユーザーに返却されると同時に、やり取りは Cosmos DB に記録
- 特徴的なポイント
- 大部屋方式 (O-Beya) のAI化
- 「大部屋」で専門家を集めるように、複数の専門AIエージェントが同時に意見を出し合う仕組み。
- RAGパターンの柔軟活用
- SharePoint や Cosmos DB Vector Search を組み合わせ、効率的に文書を検索・利用する。
- エージェントの容易な追加・拡張
- Durable Functions の並列ファンイン/ファンアウト機能により、新しい専門分野のエージェントを追加してもパフォーマンスを落とさずに対応可能。
- エッジケースへの対応
- Cosmos DB は高負荷ログ保存やサーバーレス対応に強く、大規模なマルチエージェントシステムを安定運用できる。
O-Beya導入プロセス
次にO-Beyaの導入プロセスについて解説していきます。
- 導入プロセス
- フェーズ1: RAG 基盤の構築 SharePoint など既存文書管理システムからのデータ参照を簡易的に実現
- 各分野の専門的なRAG(Retrieval-Augmented Generation)現在約30個ほど開発。最初のRAGフェーズでは、GPT-4が一般公開されるとすぐに導入。
- フェーズ2: 画像データ連携 (GPT-4 Turbo with Vision) 技術資料や設計図面を画像ベースで取り込み、視覚的情報の解析を試験導入
- 画像統合では、GPT-4 Turbo with Visionを公開翌日に開発。 この速度感は見習いたいですね。
- フェーズ1: RAG 基盤の構築 SharePoint など既存文書管理システムからのデータ参照を簡易的に実現
- PoC(概念実証)
- 小規模チームで RAG やマルチエージェントを試験運用し、回答の精度・速度・ユーザー満足度を評価しました。
- 前述の通り、Azure OpenAI のモデルアップデートや新機能リリースに随時追従し、開発スピードを加速しています。
- 本番導入
- 2025年1月にパワートレーン開発部門へ本格導入し、約800名のエンジニアが利用し、初期アンケートでは「開発速度が向上した」との声を獲得しています。
- 運用・改善 今後も以下のような最新の技術を取り入れながら業務改革を行なっていくようです。
- エンジニアとの対話ログ・フィードバックを Cosmos DB に蓄積し、回答精度向上のため継続的に学習
- ベテランエンジニアの知見を「ベテランAI」として各分野で拡充し、エージェントのバリエーションを増やす
- Azure AI Agent Service や Azure Cosmos DB Disk ANN などの最新リリースを取り入れ、スケーラビリティと検索精度を強化

出典:https://ignite.microsoft.com/en-US/sessions/BRK117
どのようにしてこれらの最新の技術を取り入れていこうと考えているのか、それぞれ見ていきましょう。
Cosmos DB
- 活用の拡大
- Igniteイベントで発表された「Disk ANN (Approximate Nearest Neighbor)」機能を活用し、効率的なデータ検索と処理を可能にする。
- マルチエージェントシステムにおける大規模データの管理と高速アクセスを強化する。
- 製造業向けユースケースの最適化
- トヨタとの共同開発で得られたデータの特性に合わせてカスタマイズし、製造業特化のデータモデリングを推進。
- 高スループットおよび低遅延なデータストレージを活かしてリアルタイム分析基盤を構築する。
Azure OpenAI Services
- Azure AI Agentの活用
- Azure OpenAI Servicesの「Azure AI Agent」機能を利用して、マルチエージェントシステムを強化。
- トヨタの製造プロセスにおける意思決定の高度化や効率化を実現する。
- 最新モデルの統合
- Azure OpenAI Servicesの更新に伴い、新しいAIモデルを迅速に統合し、エージェントの知能を向上。
- 自然言語処理や生成AIを活用して、トヨタの具体的な要件に対応したカスタマイズ可能なエージェントを構築する。
- 革新的なユースケースの開発
- 製造業に特化した革新的なユースケースを開発し、業界標準となるアプローチを模索する。
Azure Functions
- Durable Functionsのさらなる活用
- Durable Functionsを使用して、タスクの並列処理を最適化し、システム全体のパフォーマンスを向上。
- 複雑なワークフローを効率的に実行する基盤を構築。
- 拡張性の向上
- 各エージェントの柔軟な要件への対応を可能にするため、Azure Functionsのモジュール性を最大限に活用。
- 新しいAPIやエージェントを迅速に追加し、システムの進化に追従するアーキテクチャを確立。
- システムの信頼性向上
- 分散処理による信頼性の向上を図り、スケーラブルなマルチエージェントシステムを構築。
- トヨタとのコラボレーションを通じて、製造現場の特定の課題に即した堅牢なソリューションを提供。
これらの技術を組み合わせることで、製造業界でのパイオニアユースケースを実現し、トヨタとの協力を通じて更なるイノベーションを目指していくとのこと。
他の企業にも応用できる学びどころと課題解決
ここから先はトヨタの「O-Beya」の取り組みから、マルチエージェントアーキテクチャが他企業にも応用できそうな課題などを紹介します。
1. 顧客問い合わせ対応(カスタマーサポート)
- 業務イメージ 製造業や小売業など、顧客からの問い合わせが多岐にわたる企業では、商品の仕様やトラブルシューティング、キャンペーン情報などさまざまな知識が必要になります。
例えば「商品の不良が疑われる場合」「新製品の説明が必要な場合」「在庫確認を伴う問い合わせ」など、問い合わせ内容ごとに専門担当を呼び出す必要があります。 - マルチエージェントアーキテクチャの利点
- 専門AIエージェントの連携商品仕様に詳しいエージェント、物流や在庫状況に精通したエージェント、クレーム対応のガイドラインを理解したエージェントなどが並列に動作し、回答を統合できます。
- RAGパターンでの過去事例検索過去の顧客問い合わせデータやFAQをベースに回答を作成し、最新情報と組み合わせることで、より正確で迅速なサポートを実現します。
- 問い合わせ状況の見える化エージェントの回答ログを保存・分析することで、どの製品やサービスに対する問い合わせが多いのかを可視化し、改善策に繋げやすくなります。
- 解決される主な課題
- オペレーターごとの属人的対応が減り、品質が均一化する
- 対応マニュアルの更新コストが削減され、常に最新の情報が維持される
- 問い合わせ対応のスピードが向上し、顧客満足度が上がる
2. メンテナンス・点検業務(設備や機械の保守管理)
- 業務イメージ 大手製造業やインフラ関連企業などでは、設備や機械の定期点検・修理履歴に基づいた最適なメンテナンス計画が求められます。
例えば「故障率を下げるための最適な点検タイミング」「パーツの交換時期」「現場担当者の作業履歴活用」など、多彩な知識が必要です。 - マルチエージェントアーキテクチャの利点
- 専門領域ごとのエージェント機械構造に特化したエージェント、故障・不具合データを管理するエージェント、在庫やコスト管理を担当するエージェントなどを並列に連携できます。
- Durable Functions による並列実行同時に複数のリスク因子を評価し、最適なメンテナンス計画を比較検討するなど、短時間で合意点を導き出せます。
- ベテラン技術者のノウハウ継承過去の修理ログや技術者のメモをRAGで参照することで、属人的になりがちなノウハウをAIが吸収し、新人でも迅速に参照できる仕組みが構築できます。
- 解決される主な課題
- ベテラン技術者の退職や異動に伴うノウハウ流出を抑制できる
- 設備の稼働停止リスクが低減し、コストやダウンタイムが最適化される
- 点検や修理の優先度を客観的指標で判断できるため、現場の判断負荷が軽減される
3. 研究開発部門における情報統合プラットフォーム
- 業務イメージ 新製品開発や新技術研究を進める際、過去の研究資料・特許文献・実験データなど、多種多様なドキュメントの参照が必要になります。 横断的な知識活用が鍵となる場面では、各分野のエキスパートが共同で研究を進めるケースが多いです。
- マルチエージェントアーキテクチャの利点
- 検索の効率化RAGパターンを用いて、膨大な研究レポート・実験結果を横断的に検索し、関連性の高い情報を即座に提示できます。
- 専門AI同士のディスカッション材料工学エージェント、制御系エージェント、法規制エージェントなどが並行して発言し合い、開発要件を包括的に洗い出すことが可能です。
- ノウハウ継承と可視化過去に成功した事例や失敗要因を、チャットログや文書として蓄積し、新たな研究テーマにも応用しやすくなります。
- 解決される主な課題
- 試行錯誤フェーズが短縮され、開発スピードが向上する
- 様々な専門領域の知識をリアルタイムに結合でき、イノベーションの創出を促進する
- 社内の研究成果やノウハウが整理され、重複投資を回避できる
ソリューション導入時の共通ポイント
- 小規模PoCから開始する まずは限定的な業務範囲でマルチエージェントアーキテクチャを検証し、システムの有用性や運用課題を把握してから全社展開を検討するほうがリスクを抑制できます。
- データクレンジングとユーザー導線の整備 過去文書のOCR化やメタデータ付与は手間がかかりますが、ここを丁寧に行うことで回答精度が大きく向上します。 また、ユーザーが自然にAIを活用できるUI設計やポータル整備も欠かせません。
- 継続的なモデルチューニングと評価 エージェントが増えれば増えるほど回答の調整が必要になります。 Durable Functions や Cosmos DB のログを活用して、回答内容をモニタリングしながら定期的にモデルをアップデートすると、制度と信頼性を維持できます。
まとめ
トヨタ自動車はパワートレーン開発部門に「O-Beya」を導入し、マルチエージェントAIで自動車開発の複雑化やノウハウ継承などの課題を解決しています。
これにより開発工数やコストを削減し、モビリティ企業への変革を加速させることを目指しています。
この技術は自動車だけでなく、他の業界の課題もマルチエージェントAIにより解決できる可能性を示唆しており、今後もAIエージェントの活躍から目を離せません。
トヨタのO-Beyaは、マルチエージェントAIが製造業の課題解決に有効であることを示しました。御社でも、顧客対応の自動化、設備メンテナンスの最適化、研究開発の効率化など、AIエージェントで実現できることは多岐にわたります。しかし、導入には技術的な専門知識と、業務プロセスへの深い理解が必要です。ProofXは、生成AIとAIエージェント、双方の活用ノウハウを活かし、貴社に最適なソリューションを提案します。まずは無料相談で、「どこからAI化に着手すべきか」「どんなデータが必要か」「導入効果はどれくらいか」など、具体的な疑問を解消しませんか? ProofXが、貴社のAI活用を成功に導きます。[ご相談・お問い合わせ]